無限/夢幻の箱庭 別館

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誕生日を機にこれまでの歩みを振り返る

7月31日、今日はわたしの誕生日だ。
今までを振り返るのには丁度いい日だろう。
いつの日だか、誕生日のメッセージにこの様な言葉を頂いた

今日は宮﨑さんが生まれた奇跡の日!

その時はよくわからなかった。正直今でもよく分からない。
ただ、それなりに面白いとは思う。
では行こうか。
 

意志と諦め~幼少期から大学まで

 
子供の頃の夢は「古生物学者」だった。
その時はその言葉は知らなかったのだけど、国立科学博物館や他の恐竜展で雄々しい姿で展示されている化石・大百科に書かれた想像図を見、動きやその生活する姿に思いを馳せた。存在する環境はどんなものか想像もした。
けども、宿題やいじめを受けること、塾通いに追われるうちに頭の隅の済に追いやられて「、遂には過去の事になった。
 
小学校高学年から中学1年で成績が良かったこともあるのか、上昇志向が強くて、国家公務員を志望した。それもキャリア。
だが、これも官官接待で遊ぶ汚い大人に嫌気が差してそれも捨てた。
 
「世捨人のように生きようか」
中学3年の頃には夢も現実も捨てたのか、それとも厨二病なのか…
 
そんなわたしにものめり込むほど好きなものができた。
美術観賞と器楽演奏、クラシック音楽鑑賞。
 
幼少の頃から母親に連れられていた美術館。
見ていくうちにその雰囲気を好むようになった。特に日本美術。高校美術で2年連続で鑑賞レポートのために見に行ったことも手伝って大学で美術史学を専攻することに決めた。
ヴァイオリンは難しい。正直云って我慢の連続。それでも、合奏が一致して綺麗な音が出たとき・他のパートが決めたときの感激はそれを忘れさせるものだし、何より自身の音が好きだった。
 
大学2年のとき、演奏会のプログラムに曲目解説を描く機会を得たことで段々文章を書くことが好きになった。
書くことを仕事に出来れば…こう考えるようになったのは4年時。


大学での挫折、それでも続けてきたもの

 
睡眠障害うつ病を患うようになって、3年のとき既に勉強に耐えうる力はなかった。
元々気が弱が弱く、所属楽団で先輩と、同期生で彼等の派閥にいる者に叩かれたのが手伝ったのだろう。
7年前に退学して、それで研究者への道を諦めたのだった。
 
弦楽合奏団の指導をしながら無為に過ごす時間が続く。
これにも終わりがあって落ち込むこともあった。
それでも続けていたのが、美術館通いとブログ・Twitterで記事を書くこと、演奏会鑑賞。
高校・大学で好きになったこの3つを続けていて、やっと活路を見いだせたのかもしれない
 
好きなことを通じて生きていくことに決めた今年、人生の中で一番幸せな時間。
仕事や活動で全面に出していけば、更に楽しく生きていける、きっと。
 

これからの人生に必要なこと

 
そのために今は足場を築くことだ。
1つは健康。睡眠障害と精神障害で多くの薬品を飲み続けて、基礎代謝と免疫力が落ちている。
これではまともに動けない。事実今がそうなのだから。
体力をつけることで健康体に戻すことだ。
 
2つ目は自室を整えて快適にすること。
音楽や美術の関連書籍やその他の書物、CD・映像ソフト、楽譜があることで資料は当分困ることはない。
PCやタブレット端末、スマートフォンもあって情報発信に十分な環境もある。
それでも書が積み重なり、見た目にも心地よくなければいいパフォーマンスは出来ない。
早く片付けることだ。
 
この2つをある程度達成したところで、大学に再就学すること。
人脈を辿っていけば著述家になる道も出来るだろう。
ただ、それは今まで実績を積んできた人が勝ち取れること。
遠回り過ぎる道は取らない。
研究者になることで地道に書く仕事をとっていく。

さあ、これからだ。

夢をみる言葉

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