読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無限/夢幻の箱庭 別館

本館は此方→https://t.co/8Jt2rivgg2

判断一つで選択が増える、そして判断し続ける-その2

失敗に向かったことにも判断はつきもの


選択や判断の殆どには理由がある。
結果は成功でもその過程には失敗したこともあるし、結果そのものが失敗のことすらある。

試験も選択の連続だ。
他のことは失敗があっても思いもよらぬ発見や別の視点から見ること*1によって成功と見做せるもの-例えば発明や研究-もあるが、試験は成功と失敗しかない。
今回はわたしの大学受験の体験を基にその話をする。
その前に2-1として進学を決めた動機を。
 

子供時代の思いと趣味、大学進学と学科決定

わたしはどんな子供だったか。
小学3年生の頃、名前がある犯罪者と似ているだけでいじめを受けた。
傍観者も含めて冷たく接してきた人々の態度が変わったのは学校の成績が目ざましく良くなったことを知ったとき。
 
「ああ、人ってこういうのなんだ、そしてこれからも沢山…」、そんな諦めと厭世感の中で過ごす中、人生の暇潰しのために選んだのが大学進学だった。それなりに成績もいいし、と。
 
そして何を学ぶか。
美術を見るのが好きだ。
物心ついたときから母に美術鑑賞に連れられて、その内好きになったのだろう、自ら上野恩賜公園内の美術館博物館にも通うように。
一人で行くときは日本美術をよく見ていたが、古文や漢文が苦手で資料が読めない不安が先立って西洋美術史学をやろうと決めた。
 
※「日本美術が好きなのに何故西洋美術史学を選んだか」という質問について答えるとき、"西洋のことを学びそれを相対化したら日本のことがわかるんだ"、と答える。それは事実なのだが後付だったりする。
 

進学の理由はいい加減でも構わない

どうしても抗議を受けたい教官がいたりしっかりと考えるのもいい。
何をしたいのかわからないが入学したらなにかやりたいことが見つかるだろう、と思っても。

これからを生き抜くために大学時代にすべきこと

これからを生き抜くために大学時代にすべきこと


Take your way!

 
 
 
広告を非表示にする