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無限/夢幻の箱庭 別館

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判断一つで選択が増える、そして判断し続ける その1

木を見て森も見る

木を見て森を見ず、という言葉がある。
故事ことわざ辞典によれば英語の諺で、 物事の一部分や細部に気を取られて、全体を見失うことを指す。
 
見出しにはことわざを引用して「森見る」と書いた。
これはどういうことか。
物事の一部分や細部を見て全体を見ることに他ならない。
 
今日は、全体像を把握して、更にその選択を増やす。それが判断によるものだ…そんなお話。
「森」を見る方法、それを選ぶこと
木を1本ずつ数え木の種類やその周辺まで全部見るのが確実だろう。
同じく1本を見ることから始めても、全集してから一回で見る範囲・回数を決めて同じ事をし、推定する手もある。
 
前者は確実性を、後者は効率性を高くする。
それを選ぶ要素は持ち時間や能力等になる。
 
木すら見ない、些細な事を見ないで過ごすというのも当然選択のうちだ。 
ただ今回はものを見た際の話なのでこれについては割愛する。
 
では全体像を把握したあとはどうするか、何もしないことを選択肢から省いて見ていこう。
 
「森」を見て全体を把握したその後起きること
 

森の全体-生えている木の種類、密度、広さ、立地、木の他に生えている植物、そこで生きている動物等…-

そのものを更に調査すれば土砂崩れの確率が分かり、更にはそれを基にした予防策を立てられるだろう
木材にするため・建築物を建てるために伐採するのにはどのくらいの量を切っていいか。
植物を採取して、食材・調査研究などに使うか。
 
この様に(調査をしたものの立場によって)選択が増え、更に判断する事が可能になる

些細な出来事も将来に繋がる
 
見逃がすことだって判断のうち。
それを活かすのもそうだ。
これが「あのとき見逃していたら、いなければ」と思い、後悔することもあれば反省もあり、そして上手くいったこともあるだろう。
 
わたしたちは未来を選ぶことができる。
 
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今回は結果として立場によって目的ができる判断を考えた。
次の記事では目的が先ずあってからの判断について考えて行きたい
 

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