無限/夢幻の箱庭 別館

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教養本に負けないということ 常見陽平の最終鬼畜スパルタカルチャースクール第1回-1

一度どこかのトークイベントをキャンセルして数ヶ月、遂にこの日がやってきた。

 
「最初で最後!ゲンロンカフェ出入り禁止!]との煽り通りの部分もあったけども、大部分は甘やかしを徹底して排除し現実に向き合った読書論であった。
 
今日は、常見陽平氏の危険な読書論のことについて。
 
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最初にこの動画に触れておきたい
 

2013年6月23日 ゲンロンカフェ「常見陽平の最強鬼畜カルチャースクール」煽り映像

開演前はメタルのライヴビデオが流れ…常見陽平・司会のイケダオソトがプロレスのリングに上がるように登場。流石プロレスファン。
このイベントの「ヤバい」感じを演出、「どうなっちゃうんだろうね」煽るわ煽るわ。
 
さて、内容を細かく見続けて行くと果てしなく続いてしまうので思うところをば。
 
何を読んで自身を育てるか。
教養本、難しい古典・思想の類を噛み砕いて編集した本が売れている。
最も有名なものは「超訳 ニーチェの言葉」だろうか
 
わたしも買って読んだ。既にちくま学芸文庫ニーチェ全集があり、「超訳」に抜粋された言葉を原本で確認、そして書かれているページを書き込むという読み直しの作業に使っているが、至る所で指摘してあるように「ただ読んだだけ」になっていないだろうか。
 
知識をつけるだけならそれで構わないのだが、教養本からそれ以外のもの得ることを考えると、教養とは何か という問題にぶつかってしまう。
思い切って一言で云ってしまうと判断力をつけることだと考えている。
 
論語読みの論語知らず」という言葉があるが、其の内容をひけらかすことではなくよく噛み砕いて行動・思考に反映させることが「論語を知る」ということなのだろう。
 
所謂教養本は咀嚼する過程を省かせて著者を甘やかす。
一読者としてもそうしたことを忘れにでおきたい。
ニーチェの場合はそうしていたが、源氏物語夏目漱石の場合はそうではなかった。これからやろう。
 
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「私の読書術」で挙げられていたことを少々。
  • 参考文献一覧を「読む」
「一つ知ると知らないことが増える」とは友人の言葉だが、一冊の書で知ったことでわからないことが増えたら参考文献にあたってみるのもいい。
研究者のみならず一つ一つ掘り下げる読み方をするならそこは宝の山だ。
  • 「製法」を読む
其の本がどのように書かれたか…著書の考えを辿ることでそれを追体験できる。
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最後に常見氏のメッセージを。
 
 
読者として
先人が創った偉大な知を丁寧に味わいつくしたい

著者として国境、世代、時代をこえる傑作を作り, 先人、強敵(とも)に挑み、こえていきたい
 

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