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無限/夢幻の箱庭 別館

本館は此方→https://t.co/8Jt2rivgg2

語り得ないことにも肉薄することができる。それが、限界が可能性の大きさということ

つながるカンファレンス第8回のテーマは、

渾身の1記事を作り上げる ことであり、
わたしはてっきりネタを用意してその上で読者を掴んで離さない記事を書くことについての勉強会だと勘違いしていた。
 
前のつなカンの紹介の通りで、読者と筆者である自分自身を分析した上で記事を書くというのが目標であった。
 
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ブログ自体を始めたのは5~6年。
4つのブログサービス・アカウントを渡り歩きながらクラシック音楽や美術観賞について書いてきたのだが、年月が経つに連れ、長く且つ難しく考えていく癖でエントリーの感覚が開いて、そして書かなくなってしまった。
 
わたしはこれを方向性迷子と呼んでいる。
 
そんな時期でも一貫して考えていたのは、音楽は論理的に読み解き、論理を磨いて行くことだ。
 
この日の1つ目のワーク≪渾身の1記事の方向性を決める≫ことと、用意してきたネタの材料が上手い具合に繋った。
 
このブログ、「無限/夢幻の箱庭」の方向性を示すものにもなった。
 
では、困難であるにも評関わらず、評論はは何故成されるか。
それは言葉の音楽への挑戦ではいか、と考えるのだ。
 
音は示されるもので、語り得ないものだ。
それでも語ろうと抗う音楽批評は、批評家の特権ではない。。
我々にも行う権利はあるのだ。
 
さあ、言葉の限界に挑戦しようではないか。
 
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最初は音楽や美術品の紹介をして行きたいと思っている。
それらは示されるもの。
しかし、限界まで語っていく。
 
人の持っている感覚・体験は一致しない。
けれども分からないことはそうできるように説明すること、分かる部分は徹底的に探求していきたい。
 
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音楽は言葉ではかたれないことを先程示したように、言葉で言い表せることには限界がある。
一方、限界というのは可能性の広さだとも思う。
 
言葉の限界への挑戦はどのようにやっていくか。
それ程難しく無いよう、同一のトピックを連続で取り上げ、まとめにそのトピックに関する言葉の限界を書いていきたい。。
 
また、折角音楽や美術を取り上げるので、その観賞の助けになる記事も書くようにする。
 
 
さあ、箱庭を拡げていこう。
 

透明な沈黙

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